AO入試とは

HOW TO AO

AO入試とは AO入試とは、君が夢へ一歩近づき、社会の課題を解決する人材に成長することができる入試です。

AO入試・推薦入試での大学入試を考えている皆様へ

AO入試も推薦入試も一般入試も、「大学が入学してほしい生徒を選ぶ、”選抜制度”である」ということをまず思い出してください。AO入試や推薦入試は「ペーパーテストだけに依らない選抜制度」ですので、試験の点数を上げることではなく、まずは大学や教授の意図・好みを理解する必要があります。

志望校をまだ決めきれていないという方は、AO義塾の無料受験相談にお申し込みください

まずは、大学別のAO入試・推薦入試情報から、自分の志望する大学・学部の情報を確認しましょう!

AO入試について、みなさんはどんなイメージを持っていますか?

AO入試は、受験生の「学びたい」と、大学教授の「教えたい」をマッチングする入試です。「一芸入試」や
「やりたいことをアピールする入試」だと誤解されることも多いですが、AOが意味する「アドミッション・オフィス」は大学が作る入試事務局のこと。日本がAO入試を導入する際に参考にした、海外のAdmission Officeは、大学側が欲しい人材をヘッドハントするような仕組みを持っていました。

もちろん、みなさんのやりたいことを伝えることも重要ですが、同時に、その大学がどんな大学なのか、深く知る必要があります。日本のAO入試のことをもっとも分かりやすく表現するなら、「大学と高校生のお見合い」です。
AO入試は「互いのことを知り合う中で、相性を見る」入試なのです。

そんなAO入試でまず問われるのは、大学が育成したい人材像になる素質を、あなたが持っているかどうか。何か実績を持っていれば合格するというわけではなく、大学の目的・欲しい人材を理解することが、合格への第一歩です。

だからこそ、AO入試を通じて、大学が問題意識を持つ現代社会の課題に取り組む人材を育成することができると、私たちは確信しています。

AO義塾はAO入試を通して社会をより良くしていけると信じています

日本、そして世界が抱える社会問題は山積みです。

そしてこれからの日本の社会問題の慢性化を食い止めるためには、社会問題を解決していく、社会への高い意識を持った担い手こそ必要です。AO入試はその担い手を育てる仕組みの一つであるのです。

社会問題を解決する原動力、それはこの社会問題を解決したいという目的意識。つまり志です。

明日に怯える人生より、明日を切り拓いていく人生に。

AO入試はそんな「志」への一歩を踏み出し、社会問題を解決するための入試です。

AO入試には沢山の批判がある

AO入試には沢山の批判があります。
AO入試を「対策」する塾・予備校にも沢山の批判があります。
それは今回の一件でも痛切に感じました。

それでもなお、私はAO入試が、これからの日本社会にとって欠かせない入試形態の一つだと確信しています。

AO入試では、大学から受験生へ必ず「志(=大学で学ぶことへの目的意識)」が問われることになります。
そしてまさにこれこそが一般入試との最大の相違性です。

「志」を抱くには「意識」が欠かせない

そして「志」を抱くには、
社会の中に自分が存在するという「意識」が欠かせません。
だから私たちが「意識が高い」と嘲笑されることは避け難いこととも言えるのでしょう。

しかし、これからの日本には社会への「意識」が高い人々が「異端」として嘲笑されてしまう少数派であってはならないと思います。

AO入試は社会の教育装置として不可欠

これからを担っていく高校生にとって、そしてひいては日本人全体にとって、
「社会への意識が高いこと」を普遍的なことにしていくためには、
AO入試という入試形態が社会の教育装置として不可欠だと私たちは思っています。

日本の社会問題の慢性化を食い止めるためには、
社会問題を解決していく、社会への高い意識を持った担い手こそ必要です。
その担い手を育てる仕組みの一つこそ、私はAO入試なのだと思います。

一方で、一点刻みの受験戦争を勝ち抜くには、
社会へ関心を持つよりも、机に向かうことばかりが奨励されてしまいがちです。

もちろん、机の上での勉強や学力を身につけることは極めて重要です。
しかしその重要性は、勉強や学力は「手段」であることに対してであり、それ自体が「目的」ではありません。

点数のみで評価することは、手間がかかりません。
しかし、その手抜きこそが問題の本質です。

大学での学びも「手段」であって、入学することが「目的」ではないはずです。
高校生達が大いに学問することへの、それぞれの「目的意識」が最も大切です。
その目的意識を問い、社会全体で育てようとするのが、AO入試です。

このAO入試の可能性を活かして、
私たちAO義塾は、社会の公器である大学という場を、
「ゴール地点」ではなく「スタート地点」へと描き直していきたいのです。

意識が高いことは悪いことなのか?

やはり、AO入試で入学するには、意識が高いことが求められます。
しかしそもそも、意識が高いことは悪いことなのでしょうか?

むしろ、意識が高いことで嘲笑されてしまう日本社会の現状こそ、最も正さなければならない深刻の病理だと、真面目に思っています。

本来ならAO入試の導入に合わせて、学校が変化するべきでした。
学校がAO入試のサポートを万全に行ってくれるのなら、AO義塾の出番など必要なかったと思います。

しかし、現実にはAO入試に学校は対応しきれていません。
公的な組織で、一般入試指導の長い歴史もあり、
そして未だ入試改革の過渡期の中では、
学校という教育機関に、高校生達のAO入試への挑戦をサポートしてもらうことを期待するのは難しいのが実情です。

だから、4年前、私はAO義塾を立ち上げて、
AO入試に挑戦する高校生をサポートするコミュニティを創りたいと決心しました。

幸いなことに、AO義塾は毎年、合格実績の過去最高記録を更新し、
本年度のAO義塾4期生も既に慶應義塾大学に150名以上合格することが出来ました。しかしそれを支えたのは、既存の塾・予備校の概念ではありませんでした。むしろ、全くその逆の概念でした。

画一的な指導ではなくコミュニケーションを。

私たちは画一的な「指導」ではなく、
個性を引き出す「コミュニケーション」を大切にしています。

講師と生徒という関係ではなく、
教える側、教えられる側という関係でもなく、
「共に学び合っていく関係」を大切にしています。

「マス教育」から「パーソナルな個性の研磨」へ、
「一方向的な指導」から「双方向的な関係性」へ、
そして、「偏差値」から「志(=目的意識)」へ。

全く今までの予備校の発想から逆転し、
私塾の原点を目指して努力を続けています。

だから、AO義塾の塾生達には多様性に溢れています。
200人の塾生がいれば、200通りの志があります。
みんなそれぞれ、違う色、違う形をしています。
それが私たちにとっての誇りです。

AO義塾は大学合格の裁量を握っていません。
あくまでそれぞれの大学が合格の裁量を握っています。

「画一的な指導で、大勢の合格者を出せる」ほど、
大学の教授たちの目は甘くはありません。

私たちは、一人ひとりの「志」を大切にします。
合格を目指しません。社会に貢献出来る人材を輩出することを目指します。
そして、この信念は揺るぎません。

明日がどうなるのか怯える人生より、
明日を切り拓いていく先頭に立つ人生に。

これからの社会は激動の時代と言われています。
国際化、情報化、少子高齢化の荒波の中で、
先行きは極めて不透明な時代に突入しました。

安定した時代には、常識的なライフコースというエスカレーターがあり、
それに乗っていれば、社会のことなど考えられずにいられました。

しかし、不安定な時代はそうはいきません。
常識的なライフコースを信じることは非常識になり、
自らの頭で考え、行動出来なければ、一寸先は闇な時代です。

でも、そんな不安定な時代に生まれた私たちのような世代だからこそ、
スリリングだけれども、わくわくするような人生を送れる世代です。

明日がどうなるのか怯える人生より、明日を切り拓いていく先頭に立つ人生に、僕たちの世代はしたい。

だからこそ、その先頭に立っていくための学びが必要です。
そしてそれは全てAO入試に挑戦することで得られる学びです。

高度成長期にはその時代に合った入試が必要で、
その役割を担ったのが一般入試です。
しかしその素晴らしい入試制度も、
時代の転換に合わせてそろそろお役御免です。

新しい時代の大学には、新しい時代の入試が必要。

こうした背景を考えれば、
日本の最高学府と呼ばれる東京大学、そして京都大学が、
2016年度、つまり来年度入試から、
AO推薦入試を開始するのは当然のことと言えます。

そして、新しい時代の入試を成功させるには、
やはり、新しい学びの場が不可欠です。

AO義塾はその新しい学びの場たらんと、
これから全身全霊をかけて努力を続けていきます。